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東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)129号 判決 1980年2月29日

原告

マツクス・バエルマン

被告

特許庁長官

上記当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決について、上告のための付加期間を30日と定める。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和36年抗告審判第193号事件について昭和44年7月14日にした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文第1、2項同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「扉、窓、ばね蓋等のため並びに衣服の保持のための閉鎖用、パツキング用又は密着用工材」(その後「ゴム状可撓性を有する耐久磁石体」と変更された。)とする発明につき、1957年2月9日ドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和33年2月8日特許出願をした(以下、「本願発明」という。)ところ、昭和35年8月19日出願拒絶の査定を受けたので、昭和36年1月25日抗告審判(昭和36年抗告審判第193号事件)を請求し、その後2回にわたり補正手続をし訂正明細書を提出した結果、昭和40年5月22日出願公告がされたが、特許異議の申立があり、結局、昭和44年7月14日「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決があり、同審決の謄本は同年8月18日原告に送達された(出訴期間については、付加期間が定められ、同年12月22日までとされた。)。

2  本願発明の要旨

型材又は面状物として構成されていて、例えば、鉄-バリウム-酸化物と同程度の低い透磁率及び高い保磁力を有する粉末状耐久磁石材料と、ゴム又は合成樹脂より成る可撓性の結合性とから組成されていて、かつ、少なくとも1つの面が、互いに逆の極性を有する少なくとも1組の磁極を有していて、かつ、これら磁極の磁化の軸線が、表面から外方に、表面に対して直角にのびているように、磁化されていることを特徴とするゴム状可撓性を有する耐久磁石体。

(別紙第1参照)

3  本件審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対し、本願発明の優先権主張の日前に日本国内において頒布された刊行物である米国特許第2627097号明細書(以下「第1引用例」という。別紙第2参照)には、ゴムその他の可撓性材料中に磁性粉末を混入し、これを成形後、その凸部にN、S両極が生ずるように着磁することが示され、また、同じく「Product Engineering」第27巻第4号(1956年4月号)第182頁-第186頁(以下「第2引用例」という。)には、プラスチツクス中に、バリウムフエライト磁石粉末を混入することが記載され、さらに、同じく「Phylips Technical Review」第13巻第7号第194頁-第197頁(以下「第3引用例」という。)には、バリウムフエライト(商品名「フエロクスデユア」)の1の面に複数個の磁極をN、S交互に形成しうること及び磁石の減磁は導磁率が大きい程大きくなることが記載されている。

第1引用例ないし第3引用例によれば、本願発明の出願についての優先権主張日当時において、粉末状耐久磁石材料とゴム、プラスチツクス等の可撓性結合剤とから、可撓性を有する耐久磁石体を得ることと、バリウムフエライト磁石の1つの面に互いに逆の極性を有する少なくとも1組の磁極を形成することとは、共に日本国内において公然知られていたものというに十分である。

そこで、本願発明と上記公知事項とを比較すれば、本願発明は、粉末磁石材料として、鉄-バリウム-酸化物と同程度の低透磁率、高保磁力の材料を選び、これを可撓性結合剤に混入し、かつ、少なくとも1つの面に互いに逆の極性を有する少なくとも1組の磁極を形成する点で、上記公知事項とは相違し、また、磁極の磁化の軸線が、表面から外方に、表面に対して直角にのびるように磁化する旨限定してある点でも、一応相違する。

しかしながら、本願発明の鉄-バリウム-酸化物がバリウムフエライトと同義であることは明らかであり、可撓性結合剤と磁石粉末とを混合成形すること及びバリウムフエライトは保磁力が大きく、透磁率が低いため、1つの面に復数個の極性を異にする磁極を形成できることが、いずれも公知であれば、可撓性結合剤と混合すべき磁石粉末としてバリウムフエライトの粉末を選び、その成形体の1面に複数個の極性を異にする磁極を設けることは、容易に考えられる程度のことである。また、一般に、磁石を製造するに当り、磁極の磁化の軸線を表画から外方に対して直角にのびるように磯化することは、極めて普通の磁化方決であり、この点に発明が存在するものとはいえない。

したがつて、本願発明は、その優先権主張の日前に日本国内において公然知られた事項から容易に考えられる程度のものと認められるから、持許法(大正10年法律第96号、但し、昭和27年法律第101号による改正のもの。)第1条の特許要件を具備しないものである。

4  審決の取消事由

本願発明の要旨、第1引用例ないし第3引用例(以下「各引用例」ともいう。)の各記載事項及び各引用例による審決にいわゆる公知事項と本願発明との相違点が審決認定のとおりであることは争わないが、審決には、本願発明及び各引用例の技術的内容を誤認した結果、各引用例による公知事項の認定を誤り、各引用例による公知事項と本願発明との対比において、他に存在る相違点を看過し、また、認定した相違点に対する判断を誤り、結局、本願発明は各引用例による公知事項から容易に発明をすることができたものであるとの誤つた判断をした違法がある。以下に詳述する。

なお、原告は、本願発明の出願についての優先権主張日当時において、(イ)粉末状磁石材料とゴム、プラスチツクス等の可撓性結合剤とを混合成形して、可撓性を有する磁石体(但し、耐久磁石体ではない。)を得ること、(ロ)バリウムフエライトが、透磁率が低く、保磁力が高いこと(また、残留磁束密度が小であり、したがつて、付着力が弱いこと、残留磁束密度=透磁率×保磁力)、(ハ)一般に、磁石体を製造するに当り、磁極の磁化の軸線が、表面から外方に、表面に対して直角にのびているように磁化すること、(ニ)1つの面が互いに逆の極性を有するただ1組の磁極を有する磁石(但し、それは、磁極面積が極端に小さいものであり、本願発明のように「型材又は面状物」に係るものではない。)が、いずれも公知であつたことは認める。

(1)  (可撓性磁石体の耐久性)

審決は、本願発明の出願についての優先権主張日当時、日本国内において、「粉末状耐久磁石材料とゴム、プラスチツクス等の可撓性結合剤とから、可撓性を有する耐久磁石体を得ることは、公知であつた。」とするが、誤りである。上記当時、可撓性を有する磁石体であつて、しかも、耐久性を有するものは公知ではなかつた。

(1)' 審決は、第1引用例にもとずいて、上記のとおり公知であるとするものであるところ、第1引用例の磁石体は、それが馬蹄形断面を有していることからも明らかなとおり、高透磁率、低保磁力、高残留磁束密度のものである。すなわち、第1引用例の磁石体は、断面形状を馬蹄形とすることにより、N極からS極への磁力線長を長くしている。

一般に、高透磁率の磁石体において、もし両磁極間に溝がないとすれば、磁力線がその良好な導磁性(高透磁率)によつて短縮され、磁石体外に向つて十分作用しなくなり、このため、磁力線の損失、ひいて、付着力の損失をもたらすから、高透磁率の磁石体の場合は、馬蹄形断面として、磁極間に溝を設けることが必要である(本願発明の明細書、甲第4号証の第3頁下記欄9行-14行参照)。一般論としては、馬蹄形の断面形状を有する磁石体がすべて高い透磁率を有するものではないが、第1引用例の磁石体は、次項(2)'の構成から明らかなとおり、高い透磁率の磁石体なのである。すなわち、第1引用例の磁石体が馬蹄形をしているということは、この磁石体が高透磁率を有していることを意味する。また、この磁石体は、高透磁率を有している結果、磁石体の湾曲を繰返した場合、磁性の大部分が失われてしまい、磁石体として役立たなくなる(湾曲を繰返すと、残留磁束密度とこれに関連する付着力が著しく減少するからである。)。第1引用例の磁石体は、それが可撓性のものであるがゆえに、その本来の可撓性にもとづく使用目的に反して、磁石体としての用をしなくなるという自己矛盾を蔵しているものである。

これに対し、本願発明の耐久磁石体は、低透磁率、高保持力、低残留磁束密度のものであり、したがつて、型材又は面状物として構成されている磁石体であつても、磁石体に溝を設ける必要はなく、磁極を密接な間隔で配置することができるし、磁石体の湾曲を繰返しても、付着力が減少することはない。

(2)' 第1引用例には、軟鉄粒子16を含む可撓性の棒15が馬蹄形磁石13の保磁子として作用すること及び可撓性ストリツプ17が磁気吸引力を有する場合には、馬蹄形磁石13が磁気的に短絡されて、吸引力がほとんどなくなつてしまうことが記載されている(第1引用例、甲第5号証の特許請求の範囲1の項及びその詳細な説明に当る第2欄21行-34行)ところ、この記載こそは、磁石体が高透磁率を有すること、したがつて、磁石体を馬蹄形にせざるをえないことを示している。そして、上記発明の詳細な説明の項の記載にもとづいて、その特許請求の範囲の項において、磁石体が馬蹄形であること及びこの磁石体が保磁子を必要とすることをもつて、発明の必須の要件としている以上、第1引用例の発明は、高透磁率の磁石体以外の磁石体を全く予想していないことが明らかであるから、被告のこの点についての反論は失当である。

(3)' また、第2引用例及び第3引用例の磁石体は、バリウムフエライトの剛体磁石であつて、本願発明の磁石体のような可撓性のものではない。

剛性の磁石体の場合、互いの付着面は平担ではないから、磁石体と付着面との間にはエアギヤツプが出来る(この欠点を避けるためには、研磨という労力と経費を必要とする。)。このエアギヤツプの存在は、磁石の付着力を著しく低下させてしまう。一般に、磁石体の付着力は、残留磁束密度の自乗に比例する(P=4.04×B2×Q/108、但し、Pは付着力kg、Bは残留磁束密度gauss、Qは磁石体断面積cm2)。そして、本願発明の出願についての優先権主張日当時、当業者は、剛性の磁石体について、強い付着力を有する磁石体を得るためには、高い残留磁束密度を有する磁石材料を選択使用すべきものであるとの偏見に支配されていたのであつて、バリウムフエライト磁石体は残留磁束密度が小さいところから、付着磁石には適しないと考えられていた。

しかも、上記引用例の磁石体は、100パーセントのバリウムフエライト磁石材料から出来ているので、高温で焼結して剛性の磁石体としたものである。このように焼結によつて作る磁石体は、その厚さを一定値(縦、横の長さ各1センチメートル程度)以下に薄くすることはできない。

したがつて、本願発明のゴム状可撓性磁石体をもつて、剛性の耐久磁石体に置換するということは、当業者の容易に想到しうることではなかつた。

(2)  (磁化の方法-不貫通磁化)

審決は、本願発明についての優先権主張日当時、日本国内において、「バリウムフエライト磁石の1つの面に互いに逆の極性を有する少なくとも1組の磁極を形成することは、公知であつた。」とするが、誤りである。

当時公知の磁化方法は、貫通磁化方次であつたから、磁石体の1つの面に少なくとも1組の磁極が形成されることは、考えられなかつた。本願発明の磁石体は、不貫通磁化によるものであるから、磁石体の裏側は磁化されず、その結果、裏側には鉄粉は付着しない。これに対し、第3引用例のものでは、貫通磁化の方法によるから(その第196頁第3図の説明に「縦の面に垂直に磁化された」とあるのは、「磁石体の長手方向を横断する方向に貫通磁化された」と解するほかはない。)、本願発明と異なり、鉄粉は磁石体の裏側にも付着するものである。

なるほど、本願発明の特許請求の範囲の項の記載自体からは、磁石体の両面が互いに逆の極性を有する少なくとも1組の磁極を有する場合をも含むか否かは、明らかではない。そこで、もし、本願発明について、その磁石体の両面が互いに逆の極性を有する少なくとも1組の磁極を有するものを包含するということになれば、貫通磁化の場合をも含むことになるが、本願発明の明細書中の発明の詳細な説明の項には、「型材又は面状物の1つの面上に、互いに逆の極性の磁極を有する磁石体」のみが記載されていて、他方、両面が互いに逆の極性の1組の磁極を有する磁石体については何らの記載もないから、本願発明中には、貫通磁化により製造された磁石体は含まれないと解すべきものである。しかも、本願発明の明細書中の発明の詳細な説明の項には、次の(イ)ないし(ヘ)の記載があり、その図面にも1面のみの磁化が示されている。したがつて、本願発明は、不貫通磁化された磁石体に係るものであることが明らかである。

(イ) 第1頁上記欄末行―第2頁下記欄5行(支持体の非磁性)

(ロ) 第2頁下記欄17行―26行(絶縁被覆の外周に磁石体部分を設けること)

(ハ) 同欄27行―31行(非磁性体への取付け)

(ニ) 同欄47行―同頁上記欄1行(任意の支持体への接着)

(ホ) 同上記欄15行―28行(1 平面内配置)

(ヘ) 第3頁下記欄25行―28行(板上磁極の交互配置)

なお、本願発明の特許請求の範囲に「少なくとも1つの面」と記載されているのは、3面を有するような型材又は面状物があることを考えて、そのように磁化可能な面が3面ある場合にも、そのうちの少なくとも1つの平面が互いに逆の極性を有する磁極を有するとの意味であり、表面と裏面とが貫通磁化される場合を予想しているものではない。

(3)  (型材又は面状物)

審決が本願発明の要旨中、「型材又は面状物」としての構成及びその作用効果について考慮することなく、各引用例の公知事項から、本願発明の進歩性を否定したのは、判断を誤つたものである。

本願発明における「型材」とは、一般的に型材であれば何でもよいというものではなく、磯石体の着磁面積をできるだけ広くとり、これにより、単位面積当りの付着力が小さい場合にも付着面全体にわたつての付着力を最大限に増大できるような各種の断面形状の型材に限定されると解すべきものである。これに対し、第1引用例の磁石体は、もともと、単位面積当りの付着力が大であるから、着磁面積をできるだけ大きくするという本願発明の磁石体の構成を採用する必要がなく、この意味で、第1引用例の磁石体は、本願発明にいう「型材」に当るものではない。また、「面状物」とは、平たいもの、平面状のもの、すなわち、一般に厚さが僅かで面が広い物をいい、「型材」についての右説明が同様に当てはまる。

第1引用例の第1図にも示されるように、その断面が馬蹄形の磁石体は、それが高透磁率であるがためにやむなく採用された形であつて、馬蹄形とすることによつて着磁面積を増大させようとするものではなく、かつまた、馬蹄形の磁石体の着磁面積は、本願発明の「型材又は面状物」として構成された磁石体と比較すれば、極端に着磁面積が小さいことが明らかであるから、この意味においても、第1引用例の磁石体を本願発明にいう「型材」に該当するということはできない。

なお、本願発明の明細書の記載を引用しての、この点についての被告の反論は、誤りである。同明細書の添付図面を見れば明らかなとおり、耐久磁石体の溝、スリツトなどは、磁石体の着磁面とは反対の側に設けられているから、この部分の記載は、本願発明の磁石体の形状を型材又は面状物とすることと何ら関係のないことである。

以上のとおりであつて、要するに、本願発明の「ゴム状可撓性を有する耐久磁石体」は、(イ)「鉄-バリウム-酸化物と同程度の低い透磁率及び高い保磁力を有する粉末状耐久磁石材料」と、(ロ)「ゴム又は合成樹脂より成る可撓性結合剤」とから組成されるものであるが、(イ)の磁石材料、ことに鉄-バリウム-酸化物(バリウムフエライト)は、元来、付着力が小さい(残留磁束密度が小さいことによる。)という欠点があり、その結果、バリウムフエライトの粉末を(ロ)の結合剤に混入成形しても、その結合剤が、磁気的に、空気の存在と同様の作用をしてしまい、ますます磁石体の付着力を低下させるので、バリウムフエライトを(ロ)の結合剤に混合成形するというようなことは、当業者の想到することではなかつた。ところが、本願発明は、(ハ)右磁石体を「型材又は面状物」として構成し、かつ、(ニ)「少なくとも1つの面が、互いに逆の極性を有する少なくとも1組の磁極を有していて、かつ、これらの磁極の磁化の軸線が、表面から外方に、表面に対して直角にのびているように磁化」することによつて、この欠点を除去したものである。すなわち、本願発明は、磁石体を、単位面積当りの付着力はそれほど大きくなくても、磁石体全体としては、付着のために十分大きな付着面積を有しうるような「型材又は面状物」とし、これに、(イ)の粉末状磁石材料が「低い透磁率、高い保磁力」を有する点を利用し、(ニ)の「少なくとも1つの面が、互いに逆の極性を有する少なくとも1組の磁極を有している」ようにすることにより、作用効果として、十分大きな磁気的付着力を得ることができ、しかも、時が経つても減磁せず、また、湾曲を繰返しても付着力を失わない可撓性耐久磁石体を得るという有用な進歩性ある認識に到達したものである。

なお、各引用例が頒布された後、本願発明の出願時までに、優れた作用効果を収める本願発明に係る可撓性耐久磁石体の実施に想到した者はなく、このことは、本願発明が各引用例にもとづいて容易に推考しうるものでないことを示している。この点については、例えば、磁石体に関する専門メーカーの1つである米国グツドリツチ社でさえ、本願発明の出願日の後に、合成樹脂物質と結合した堅いバリウムフエライト磁石片をひとつひとつ可撓性非磁石帯の上に付着させた磁石体を作り出し、冷蔵庫用磁石シシヤツターに用いることについての特許出願をしているほどであること(甲第11号証の1、2)及び内側から開くことのできる冷蔵庫に関する法律等と本願発明の実施との関係(甲第12号証の1ないし4)などが考え合せられるべきである。

第3被告の陳述

1  請求の原因1ないし3の事実は、いずれも認める。

2  同4の審決取消事由の存在についての主張は争う。審決に原告主張のような違法はない。

(1)  (可撓性磁石体の耐久性について)

(1)' 審決の判断に誤りはない。第1引用例に記載されている磁石体は、「永久磁化可能な材料を含むゴム状可撓性を有する永久磁石体」である。すなわち、第1引用例に記載の可撓性結合剤に混入される耐久性磁石材料は、単に「磁化可能の粒子」とされているだけであり、その素材及び特性については特に規定されていないから、任意必要なものを選択しうるものである。したがつて、原告主張のように、これを、比較的高透磁率、低保磁力、高残留磁束密度のものに限定するのは、根拠のないことである。もつとも、第1引用例には、磁石体の断面形状について、「馬蹄形磁石」の語が存するが、その前後の文言を精読すると、単に馬蹄形磁石としているものではない。第1引用例には、例えば、「図面から明かなように、チヤネル13は、V字形の横断面を有していて、その縦方向全体にわたつて、馬蹄形磁石の形を形成している。」(甲第5号証第2欄13行-16行)と記載されていて、チヤネル13の断面が、その縦方向全体に馬蹄形磁石の「形」(外見)をしているというにとどまり、新規な構成を理解させるために、たまたま、当該技術の分野に広く知られていた構成を借りて表現したに過ぎない。

(2)' 原告は、第1引用例のものにおいて、保磁子である可撓性ストリツプ17が磁気吸引力を有するときは、磁石体13が磁気的に短絡されて吸引力がなくなるから、磁石体13は、高透磁率を有し、馬蹄形とせざるをえないというが、誤りである。可撓性ストリツプ17は、磁石体13を構成するものではなく、磁石体13の溝に導入されるように構成された、磁石体13とは別体のものであり、ストリツプ17の磁気吸引力の有無と磁石体13(厳密には、磁石体中に混入された磁性体)の透磁率の高低とは別問題であり、磁石体13を磁気的に短絡するかしないかは、ストリツプ17自体の磁気抵抗の問題である。ストリツプ17が磁気吸引力を有すれば、磁石体13は、その透磁率が高くても低くても、同様の構成においては、磁気的に短絡されることに変りはないから、かかる構成から、磁石体13が高透磁率のものであるとすることはできない。

また、馬蹄形の断面形状を有する磁石体は、そのすべてが高い透磁率を有するものではない。この点について、乙第1号証の第5図に示された磁石体は、極めて高い保磁力を有し、所望の表面にS極、N極を形成することができ、かつ、これらの極が永久的に推持されうる、本願発明に採用されている磁性粉末と同様の磁性体を使用して形成された馬蹄形磁石である。このように、磁石体の断面形状と磁石体の素材とは、一義的に関連づけられるものではない。

(2)  (磁化の方法について)

本願発明の出願当時公知の磁化方法は、貫通磁化に限られるものではない。第3引用例のものも、貫通磁化された磁石ではない。その第3図についての原告の主張も誤りであり、それは、まず磁石体の1つの面についてのみ互いに逆の極性を有する複数組の磁極が生ずるように磁化し、次に別の面を同様に磁化したものであると考えるのが妥当である。

(3)  (型材又は面状物について)

本願発明の「型材」とは、各種の断面形状に成形されたものを意味し、本願発明の明細書の記載(甲第4号証第2頁下記欄27行―31行及び同36行―43行)によれば、本願発明の磁石体の断面形状は、磁石体の付着力増大のためのものでないことが明らかである。すなわち、上記記載に係る「本発明による耐久磁石体は、他の非磁性の弾性的の部体と機械的に結合するために、突起又は切欠部、例えばスリツト、溝などを設け」るとの部分は、非磁性体との機械的な係合のために、本願発明の磁石体に溝を設ける(必然的に第1引用例の磁石体と同様の構成となる)ことを示しており、また、「衣類の両縁部に取付けるべき耐久磁石体片」も、その「縦方向にL字形、T字形などのような横断面形のリブ又は突起を設け」、磁気的な付着作用に併せて、機械的な係合を計つている。これらによれば、第1引用例の磁石体に設けられたV字形の溝も、本願発明のものと同様の趣旨で設けられたものであり、両者とも、その溝を磁石体の特性には関係なく被付着体に係合させたとき、機械的な係合を併せて行ないうるための形状として構成されているものであることが明らかである。

第4証拠関係

原告は、甲第1号証、第2号証・第3号証の各1、2、第4号証ないし第6号証、第7号証の1、2、第8号証の1ないし3、第9号証ないし第11号証の各1、2、第12号証の1ないし4、第13号証の1、2、第14号証・第15号証の各1、2、第16号証の1ないし4を提出し、乙第1号証、第2号証の1ないし4、第3号証の1ないし5、第7号証の1ないし4の各成立は認めるが、その余の乙号各証の成立及び検乙号各証が被告主張のとおりのものであることは不知と述べ、

被告は、乙第1号証、第2号証の1ないし4、第3号証の1ないし5、第4号証の1ないし14、第5号証の1、2、第6号証、第7号証の1ないし4、第8号証を提出し、検乙第1号証(片面着磁ヨークを使用して両面異極着磁したゴム磁石)、第2号証(片面着磁ヨークを使用して片面着磁したゴム磁石)、第3号証(片面着磁ヨークを使用して両面同極着磁したゴム磁石)(以上いずれも、非貫通磁化)、第4号証(両面着磁ヨークを使用して両面異極着磁したゴム磁石。貫通磁化。)、第5号証(片面着磁ヨーク及び両面着磁ヨークを使用して、異なる場所に、片面非貫通磁化による着磁及び貫通磁化による両面異極着磁したゴム磁石)を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。そこで、原告主張の審決取消事由の存否について検討する。

2  審決は、本願発明は第1引用例ないし第3引用例にもとづく公知の事項から容易に発明をすることができたものであるとする。

当事者間に争いのない本願発明の要旨及び成立について争いのない甲第4号証と弁論の全趣旨とによれば、本願発明は、少なくとも、

(1)  型材又は面状出として構成されていて、

(2)  低い透磁率及び高い保磁力を有する粉末状耐久磁石材料、鉄-バリウム-酸化物(バリウムフエライト)とゴム等の可撓性結合剤とから組成されていて、かつ、

(3)  その1つ又は複数の面が、互いに逆の極性を有する1組又は複数組の磁極を有していて、かつ、

(4)  これらの磁極の磁化の軸線が、表面から外方に、表面に対して直角にのびているように磁化されていることを特徴とする。

ゴム状可撓性を有する耐久磁石体を包含するものであることが明らかである。

一方、(イ)本願発明の出願についての優先権主張日当時、日本国内において頒布されていた刊行物である第1引用例には、「ゴムその他の可撓性材料中に、磁性粉末を混入し、これを成形後、その凸部にN、S両極が生ずるように着磁すること」が、(ロ)同第2引用例には、「プラスチツクス中に、バリウムフエライト粉末磁石材料を混入すること」が、(ハ)同第3引用例には、「バリウムフエライトの1つの面に、複数組の磁極をN、S交互に形成しうること及び磁石の減磁は導磁率が大きい程大きくなること」が、それぞれ示されていることは、原告の争わないところであり、また、同日当時において、(ニ)「バリウムフエライトが、低い透磁率及び高い保磁力を有し、残留磁束密度が小さく、したがつて、付着力が弱いこと」、(ホ)「一般に、磁石体を製造するに当り、磁極の磁化の軸線が、表面から外方に、表面に対して直角にのびているように磁化すること」、(ヘ)「磁極面積が極端に小さいものではあるが、1つの面が互いに逆の極性を有する1組の磁極を有する磁石」が、いずれも公知であつたことは、原告の自認するところである。

3(1)  (可撓性磁石体の耐久性について)

原告は、第1引用例に示された磁石体は、高透磁率、低保磁力、高残留磁束密度のものであり、本願発明の磁石体とは異なると主張する。

成立に争いのない甲第5号証によれば、第1引用例に記載の可撓性結合剤に混入される磁性粉末は、単に「磁化可能の粒子」とされているだけであつて、その素材及び特性については限定されていないことが認められるから、必要に応じ機宜適切なものを選択すべきものであることは当然であり、かつ、透磁率や残留磁束密度の比較的低いものがこれに適用できないわけでないことも、技術常識上きわめて明らかである。したがつて、これを高透磁率、低保磁力高残留磁束密度のもののみに限定しうべきものではない。しかも一方、成立に争いのない甲第7号証の2によれば、第3引用例のものについては、その第3図とその説明において、棒形磁石についてではあるが、低透磁率、高保磁力のバリウムフエライト(商品名「フエロクスデユア」)が用いられ、互いに逆の極性を有する複数組の磁極をもつ磁石体(その磁極の磁化の軸線が、表面から外方に、表面に対して直角にのびているように磁化されているもの)が示されていることが認められる。なお、原告は、第1引用例の磁石体が馬蹄形であるとして、その高透磁率、低保磁力等について主張するが、同号証によれば、第1引用例には、縦長の可撓性磁石体の断面形状について、「V形の横断面を有していて、その縦方向全体にわたつて馬蹄形磁石の形と同様になつている。」とされていることが認められ、しかも、一般に、馬蹄形の断面形状を有する磁石体がすべて高い透磁率を有するものではないこと(これは、原告の自認するところである。)、さらに、各引用例は、本件においては、引用例に記載したた一定の発明の技術的範囲いかんについて問題にされているのではなく、そこに記載され審決が引用した関連の技術的事項のすべてが文献として用いられているものであることはいうまでもないこと、そして、審決は、第1引用用を、単に、前記(イ)の、磁性粉末を可撓性材料中に混入、成形、着磁することが公知であることを示すために引用したものであることが、前記争いのない審決の理由の要点によつて明らかであることを考え合せると、原告の以上の各点についての主張は、採用することができない。

また、原告は、第2引用例及び第3引用例の磁石体は、バリウムフエライトの剛体磁石であつて、可撓性を有するものではないとして、種々主張するが、前記のとおり、本願発明の出願についての優先権主張日当時、日本国内において、バリウムフエライトが低い透磁率及び高い保磁力を有し、残留磁束密度が小さく、したがつて、付着力が弱いことは公知であり、第3引用例の第3図及びその説明においても前記のとおりの技術的事項が明示されている以上、このバリウムフエライトの粉末状体を、第1引用例のものにおける磁性粉末として選び、その可撓性結合剤とともに用いることは、当業者にとつて容易に想到しうべきことであるというのが相当である。

(2)  (磁化の方法について)

原告は、本願発明における磁化の方法は不貫通磁化に限られる旨主張する。しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には、磁化の方法について明示するところがないばかりでなく、本願発明の明細書中には、不貫通磁化による磁石体でなければ、本願発明の目的を達しえないことをうかがわせる記載も存しない。同明細書の特許請求の範囲以外の部分及び図面に、型材又は面状物の1つの面上に、互いに逆の極性を有する1組又は複数組の磁極をもつ磁石体についての記載があるとしても、それは、単なる1実施例についてのものにとどまると解するほかなく、本願発明が、その要旨において、前示のとおり、型材又は面状物の複数の面が互いに逆の極性を有する1組又は複数組の磁極をもつ磁石体をも包含することは明らかであり、また、本願発明の出願についての優先権主張日当時、不貫通磁化の方法がなく、本願発明においてはじめてその方法が案出されたものとも認められない以上、磁化の方法について特許請求の範図にこれを限定する旨の明示の記載がないことを考え併せるときは、本願発明をもつて不貫通磁化の方法によるもののみに限定することはできない。

(3)  (型材又は面状物について)

原告は、本願発明における「型材又は面状物」は、磁石体の着磁面積をできるだけ広くとり、これにより、単位面積当りの付着力が小さい場合にも、付着面全体にわたつての付着力を最大限に増大できるような形状のものに限定して解すべきである旨主張する。原告の主張は、本願発明はその粉末状耐久磁石材料が低い透磁率及び高い保磁力を有し、ひいて、付着力が弱いものであるから、耐久磁石体とした場合、磁石体全体による広い付着面により、付着力を大ならしめようとするものであつて、これに応じ、型材又は面状物の形状も限定されるべきものとするにあると解される。

なるほど、本願発明の明細書(前掲甲第4号証)には、本願発明の粉末状耐久磁石材料について、「低い透磁率を有する材料を使用することが必要な理由は、平らな付着面に、多数の極を、僅かな相互間隔で設けて、これによつて高い付着力を得るためである。本発明により、低い透磁率を有する耐久磁石材料を使用することによつて、互いに隣り合う2つの極の間の内側間隔を、極幅3mmの場合に、僅か1mmにすることができる。このような僅かな極間隔の場合に、大きな透磁率を有する耐久磁石材料を使用するものとすると、磁力線が極のところで外方へ出ないで、耐久磁石の内部で互いに密接して隣り合つている極の間で短絡するというおそれが生じることになる。この磁気的短絡は、外部に向つて働く磁力線の損失、ひいては、付着力の損失を意味する。」と説明されており、ここでは、本願発明の耐久磁石体は、それが有すべき互いに逆の極性をもつ磁極は多数組であることが前提とされている。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲においては、前2の項の(3)から明らかなとおり、逆の極性を有する磁極は、複数組である場合に限られず、1組である場合をも包含しているから、上記説明は、本願発明の全範囲のものではないと解するのほかはない。そして、磁石体の付着力は、原告も主張するとおり、P=4.04×B2×Q/108(Pは付着力、Bは残留磁束密度、Qは磁石体断面積)によつて表わされ、この式によれば、その付着力は、磁石体断面積Q、すなわち、着磁面積の広さに正比例することが明らかであるから、磁極の組が1つの場合も複数の場合もともに、残留磁束密度Bが一定なら、着磁面積が広ければ広いほど付着力は増大するというにとどまり、これは、本願発明の出願についての優先権主張日前に公知の上記関係式から、至極当然容易に認識しうることを、「型材又は画状物」の限定として、発明の構成要件に取入れようとするものであり、しかも、前掲甲第5号証によれば、第1引用例の可撓性磁石体は、衣服類、書類かばん、札入れその他において、型材又は面状物たる閉鎖装置として構成され、その用途に供されるものであることが明らかであるところ、これは、本願発明の可撓性磁石体が型材又は面状物として、閉止作用、封隙作用及び付着作用の用途に供せられることと格別の差異は認められないし、それ以上に、本願発明においては「型材又は面状物」を、特に発明力を要する特定の形状として明示しているとも認められない。したがつて、「型材又は面状物」についての原告の上記主張は、採用することができない。

(4)  以上のとおりであり、かつ、低透磁率及び高い保磁力を有する粉末状耐久磁石材料、例えばバリウムフエライトを、ゴム等の可撓性結合剤に混入、成形した後、着磁すれば、耐久磁石体ができることはいうまでもないから、第1引用例ないし第3引用例にもとづいて、粉末状磁性材料中、バリウムフエライトを選び、これをゴムその他の可撓性結合剤中に混入、成形し、型材又は面状物として構成し、その1つ又は複数の面が、互いに逆の極性を有する1組又は複数組の磁極を有していて、かつ、磁極の磁化の軸線が、表面から外方に、表面に対して直角にのびているように磁化して、本願発明に包含されてゴム状可撓性を有する耐久磁石体とすることは、当業者の容易に発明をすることができることであるとするのが相当である。原告は、本願発明の出願前には、これが実施されたことがなく、そのことは、本願発明がその先行の技術からは容易に推考しうるものではないことを示すものである旨主張する。しかしながら、上来判断したとおりである以上、実施されたことがないからといつて、そのことから進歩性を肯認することができないことはいうまでもない。結局、以上と同趣旨に出た本件審決には、原告主張のような違法は存しない。

4  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、これを失当として棄却することとし、許訟費用の負担及び上告のための付加期間の付与につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条、第158条第2項の各規定を適用し、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 藤井俊彦 清野寛甫)

<以下省略>

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